8.友人たち (2004/10/13)
一緒に生きている
 
佐野由美さんについて生徒と語り合う岩田さん(左)=津名郡一宮町郡家、淡路高校一宮校

 かごを背負い、裸足(はだし)の子どもが山道を歩いている。あたりに家はない。

  佐野由美さん=当時(23)=が亡くなる三カ月前の一九九九年一月、ネパール。由美さんを訪ねてきた幼なじみの清田美絵さん(28)が、車窓の風景を見て声を上げる。「この子ら、どこから来て、どこへ行くんやろ」

  そう聞いて由美さんは嘆いた。「ここでは日本人と見ると、お金の話。私もすれてきて、そんなふうにきれいな表現が心に浮かばなくなった」。少し焦って見えた。

  当時、フリーターだった清田さんのネパール滞在は三日間。初めて発展途上国を旅した。遺体が焼かれる河岸で、子どもが遊び、洗濯しているのに驚いた。由美さんは、そこによく来るという。生と死を初めて考えた。

  将来を語り合った。清田さんは高校三年のとき「ジャージーで走る美絵ちゃんが好きだから、やりたいことしたら」と由美さんに励まされ、大学で体育を専攻した。でも就職はうまくいかない。

  「あきらめたら、あかん」と、励まし合った。「ジャージーを着るスポーツの仕事につくわ」「アーティストとして個展をしたい」

  その後、清田さんは大学院で学び、〇二年から専門学校のスポーツ科学科の専任講師となった。

毎日のように由美さんの不在を感じる。さびしいが、言葉を思い返し、勇気づけられる。「私の中で、一緒に生きている」と思う。

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  九九年二月、小学校以来の親友、田中洋子さん(29)と岡田菜月さん(28)も由美さんに会いに行った。朝、カトマンズの安宿に由美さんが迎えに現れた途端、田中さんは涙が止まらなくなる。彼女が、きらきらまぶしい光を放っていたから。そんなことは気恥ずかしくて言えず、「充実してるやん」と、声をかけた。

  医療事務に携わる田中さんは、二十三歳のままの由美さんが今もどこかにいるように感じる。

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  由美さんが初めてネパールを訪れたとき、孤児院で一緒に教えた岩田あやめさん(27)は、由美さんの死が納得できなかった。事故を知る人に話を聞こうと、二〇〇〇年一月、ネパールへ行く。

  暴走するトラックに追突されたバイクは、ナレス・タムラカールさんが運転していた。旧知の岩田さんが訪ねると、彼は「ごめん」と泣いた。彼のバイクの運転が荒いのを岩田さんは責めたが、「ナレスさんの友達だった由美は、もう怒ってないな」とも感じた。

  岩田さんは、この春から県立淡路高校一宮校の講師。由美さんを授業で紹介した。皆が、悔いなくいつも精いっぱい生きてほしい、と願って。

 
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